11月9日 定例法話 午後一時半~」への1件のフィードバック

  1. 田原 秀樹

    9日(土)の智廣寺橋本至住職による法話の機会を設けてくださり、ありがとうございます。今回は葬儀にまつわる土俗的な風習や俗信と真宗の法事の違いなど、身近な仏事をテーマに取り上げられて、真宗門徒は風習や俗信に惑わされずに真宗の作法に即した仏事をすればよいとの趣旨のお話でした。そして親鸞聖人が正像末和讃で、
    かなしきかなやこのごろの
     和国の道俗みなともに
     仏教の威儀をこととして
     天地の鬼神を尊敬す
    と異端の嘆きを詠んでおられることにも触れられました。これは親鸞聖人の教えの乱れを嘆いた唯円の「歎異抄」にも通じると思います。
    和讃は親鸞聖人が仮名交じり文で作られた仏教讃歌の句で、正信偈の後に読誦する浄土和算の「弥陀成仏のこのかたは」で始まる最初の六首や音楽にもなっている「恩徳讃」など私たちにも馴染みが深いのものです。
    今回橋本至住職が正像末和讃にある親鸞聖人の言葉を触れられたことにより、三帖和讃(浄土和讃・高僧和讃・正像末和讃)に対する興味や関心が深まりました。法話の骨格に親鸞聖人の言葉や思想を拠り所にすることは大切なことだと思います。こうした機会に接することで、親鸞聖人ひいては浄土真宗の教えの理解が一歩ずつ深まります。
    橋本至住職から清沢満之の「絶対他力の大道(意訳)」という冊子のご提供があったこともありがたいことでした。熟読したいと思います。そして明治期の東本願寺の再興に寄与し、親鸞聖人の唱える「本願他力」に回帰し、「歎異抄」を再評価して世に知らしめた功績など清沢満之の生き方・思想などの法話もお聞きしたいと思います。
    法話の機会は、阿弥陀如来に近づく機会でもあると思います。法話を聞いたり、浄土真宗関係の本を読んだりすると、阿弥陀如来はすっと歩み寄ってこられるような気がします。逆に何も関心を持たないと、さっと去られてしまうような感じがします。
    定例法話などの機会を通して、親鸞聖人や浄土真宗の教えを少しずつ理解したいと思いますので、これからもよろしくお願い申し上げます。ありがとうございました。

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