3月28日 御命日の集い中止のお知らせ」への1件のフィードバック

  1. 田原 秀樹

    親鸞聖人の足跡が残る善光寺
    「牛に引かれて善光寺参り」「一生に一度は善光寺詣り」の言葉で知られる信州善光寺を参詣しました。石畳の参道から仁王門、そして三門をくぐると、堂々とした本堂(国宝)が迎えてくれます。本尊は「一光三尊阿弥陀如来像」で、ひとつの光背に阿弥陀如来、観音菩薩、勢至菩薩が並ぶ姿から、一光三尊阿弥陀如来(一光三尊)と呼ばれています。「前立本尊」とも呼ばれ、七年に一度の「前立本尊御開帳」の際には、全国から700万もの善男善女が参詣に訪れます。
    この本尊・一光三尊阿弥陀如来像は、天竺(インド)から朝鮮半島の百済の人々を救済して、欽明13年(552年)に日本の欽明天皇に送られたものでした。この当時、仏教を支持する崇仏派の蘇我氏と排撃する排仏派の物部氏が対立していて、欽明天皇はこの本尊を蘇我氏に与えました。やがて日本中に疫病が流行り、これを見た物部氏は「異国の神を祀った祟り」として蘇我氏の寺を焼き払い、本尊を難波の堀江に投げ込んでしまったのです。
    推古8年(600年)、国司のお供をして都へ上った信濃国の本田善光(よしみつ)が捨てられていたこの本尊を持ち帰り、自分の家に祀ったのが善光寺の始まりとされています。この本尊は日本最古の仏像といわれ、絶対秘仏となっています。善光寺の寺号は本田善光の名前に由来しています。
    善光寺は無宗派ですが、天台宗と浄土宗のそれぞれの住職の二人体制で、仏事や年中行事を執り行っています。お朝事には功徳を授ける「お数珠頂戴」が行われ、擬死再生の儀式「お戒壇巡り」も体験でき、参拝者は心身が清らかになった気分を味わうことができます。
    善光寺には親鸞聖人や一遍上人、良寛、芭蕉、一茶も参詣に訪れています。昭和・平成の不世出の大映画俳優・高倉健さんも節分会に合わせて、30年間も通い続けました。
    親鸞聖人と善光寺との関わりはどんなものだったのでしょうか。
    建永2年(1207年)、法然上人は讃岐へ親鸞聖人は越後へ流罪となりましたが、建暦元年(1211年)に、法然上人と親鸞聖人は流罪赦免されました。建暦2年(1212年)、健康が衰えた法然上人は、1月25日に遷化されました。時に80歳でした。この悲報を伝え聞いた親鸞聖人は悶絶し、倒れ伏して、血のような涙を流されたといわれています。
    建保2年(1214年)春、親鸞聖人は妻子を連れて東国行きを決意されます。妻の恵信尼の父・三善為教の所領が常陸にあり、家族五人の生計を立てやすかったこと、当時の東国は念仏の教えがまだ普及しておらず、伝道には格好の地であったこと、後の大著「教行信証」を執筆するのに、鹿島神宮が収蔵する仏教経典を集成した「一切経」を閲覧する必要があったことなどが理由に挙げられています。
    越後を出た親鸞聖人一行は、途中の善光寺に立ち寄り、100日間か、あるいはそれ以上の間滞在されたといわれています。
    親鸞聖人は晩年、「正像末和讃」で「善光寺讃」という和讃を5首詠まれています。

     善光寺の如来の
      われらをあはれみましまして
      なにはのうらにきたります
      御名をもしらぬ守屋にて

     そのときほとをりけとまふしける
      疫癘あるひはこのゆへと
      守屋がたぐひはみなともに
      ほとをりけとぞまふしける

     やすくすすめんためにとて
      ほとけと守屋がまふすゆへ
      ときの外道みなともに
      如来をほとけとさだめたり

     この世の佛法のひとはみな
      守屋がことばをもととして
      ほとけとまふすをたのみにて
      僧ぞ法師はいやしめり
     
     弓削の守屋の大連
      邪見きはまりなきゆへに
      よろづのものをすすめんと
      やすくほとけとまふしけり         (「正像末和讃」 善光寺讃)

    この和讃の大意は、善光寺の如来は私たちを哀れみ救うために、難波(大阪)の港に渡ってきてくださった。その時、熱病が流行り、物部守屋が破却した仏像の肌が暖かだったので、熱病を「ほとを(ほの訛)りけ」と呼んだ。仏を「ほとけ」というのは、物部守屋が仏を謗って、「ほとをりけ」を言いやすいように略して「ほとけ」と言ったことによるもので、後世に僧俗共に呼びならわすのは浅ましいことであると、親鸞聖人は嘆かれたのです。
    さらに善光寺には、親鸞聖人が参拝の折、阿弥陀如来に松の木を奉納さられた故事にもとづき、本堂外陣左の大きな華瓶には松が生けられ、「親鸞聖人お花松」と呼ばれています。
    また、自らの爪で彫られたと言い伝えられている「親鸞聖人爪彫阿弥陀如来」が安置され、眼病に効くという信仰があります。
    親鸞聖人は善光寺には深い思い入れがあり、足跡も残されており、私たちは時空を越えて身近に感じることができます。古来より阿弥陀信仰の霊場として栄えた善光寺に参詣すると、清浄な心に浸ることができます。いつの日か再訪して親鸞聖人を偲びたいと思います。

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